ma.macaron/ 明星ゆかりさん

刺繍作家

未来のじぶんに会いにいく
ma.macaron・明星ゆかりさんが紡ぐ、刺繍と空間の物語

福岡を拠点に活動する刺繍作家・ゆかりさん。横振りミシンが生み出す味わい深い表現と、空間を彩る感性を活かした作品で、多くの人を魅了しています。

高校生の頃に大きな観葉植物を抱えて帰ったこと。こっそりはじめた刺繍の実験。50万円のオットマンを展示会へ持ち込んだ日のこと。そして、大切な人との別れを乗り越えながら歩んできた日々。

好きなものを飾り、好きなものに居場所をつくりながら、自分らしい表現を育ててきたゆかりさんの物語をお届けします。

こっそり始めた刺繍の実験

2006年に「ma.macaron」というブランド名で活動を始めたゆかりさん。横振りミシンの職人だった義父よりミシンを譲り受けたことからはじまりました。

「義父は学校のユニフォームや背広の内側のネーム入れが主な仕事でした。でも私は、このミシンで作品をつくったら素敵だろうなって、心の中でずっと思ったんです」

自宅でこっそり試作をはじめたゆかりさん。ミシンの操作方法は教わったものの、作品づくりは自己流。「こうやってこうやってしたらお花ができた。これアクセサリーにしたら可愛いかもって」。そんな風に、最初はビーズと刺繍を組み合わせた小さなアクセサリーを作っていました。

ある日、自分の作品を身に付けてお気に入りの雑貨店に行くと、「素敵ですね」と声をかけられます。
「もうそれが嬉しくて……!それだけでも嬉しかったのに、『うちで作品を取り扱いたいのですが、いかがですか?』と声をかけてもらったんです!」
当時のことを思い出しながら、今言われたかのような目の輝きと嬉しさが溢れるゆかりさん。こうして、作家としての活動が本格的にはじまったのでした。

大きなクワズイモを抱えて帰った高校生

作家として活動をすすめる中、どうしたらもっと自分らしさを出せるかと考えはじめたゆかりさん。
「他の作家さんと差別化するには何がいいんだろうって。それで、刺繍一本でいこうって決めたんです。当時、横振りミシンで作品をつくる作家さんなんて、まずいなかったですからね」

そして、作品の方向性を決めたのは、幼い頃からの「好き」でした。高校生の頃、初めてのアルバイト代で買ったのはCDや洋服ではなく、なんと観葉植物。

「大きなクワズイモをバスに乗せて持って帰ってきて、部屋に飾ってもう大満足したんです。家族には『また大胆なもの持ってきたな』って言われました」と、笑います。

勉強机も、よくある平たい木製のものではなく、ガラスの天板が斜めになっていて中にものが飾れるようになっているもの。
「勉強のためじゃなくて飾るため。中にいろいろ飾っててそれがたのしくってね」

絵を描くのが好きだった父親、頻繁に部屋の模様替えをしてたのしんでいた母親。そんな家庭で育ったゆかりさんにとって、空間を演出することは、ごく自然なことだったのかもしれません。

「やっぱり、空間演出をするのが大好きなんです。だから、刺繍で空間演出をするアートピースを作りたいって思うようになって」
こうして、ゆかりさんの作品は、小さなアクセサリーから、壁にかけるアートピースへと変化していきました。

横振りミシンが生み出す、味わい深い表現

ゆかりさんの作品づくりの相棒である横振りミシンは、一般的にスカジャンの背中に龍や虎を刺繍する職人さんが使うミシン。足でペダルを押すとモーターが回って針が上下し、膝でレバーを操作すると針が横に振れる。生地送り機能はないため、自分の手で動かさなければいけません。足、膝、手、すべてを使う、高い技術力が必要なミシンです。

「逆に、コンピューターミシンだと、綺麗な等間隔の刺繍になります。一定に並んでてきれいな仕上がりです。でも横振りミシンは変だけど味があるっていうのかな、人の手で操作するので糸がランダムに重なったりして揺らぎがあるんです。質感の違いは一目瞭然で、同じデザインのものでも1個目と2個目では違う仕上がりになるんですよ。そこがまたおもしろくて、このミシンの魅力なんだと思います」

作品のモチーフは、100年以上も前の博物画。カメラがまだなかった時代に、すべて手描きで描かれていた図鑑や旅行記から着想を得ることが多いそう。そんなアンティークのイラストの中から、「このウサギ可愛いな。このウサギの顔に洋服着せてみよう!」と、想像を膨らませながら作品を生み出しています。

そうやって、横振りミシンで糸を重ねながら描かれるゆかりさんの作品は、刺繍でありながら絵を描くような自由さを持つのが特徴です。花や鳥、動物、人形といったモチーフを鮮やかな色彩で表現し、平面と立体のあいだを行き来するような独自の表現と、どこかノスタルジックで物語を感じさせる世界観は、多くの人を魅了し続けています。

 

50万円のオットマンを抱えて

活動をはじめて6年ほど経った頃、インポート雑貨やアート作品を扱うインテリアショップより、東京の合同展示会への出展のお誘いを受けました。
「憧れのお店の方からお声かけいただいてもう嬉しくって。福岡から東京の展示会に出るって、もうすごいことだと思っちゃって。だから、すんごい作品を持っていかないと負けちゃうって思ったんです」

そこで展示したのが、にわとりの刺繍を施したオットマン。制作費と時間をつぎこみ細部にこだわった50万円の作品は、主催者側の目にとまり見事、買い手がつきました。
「これがまた本当に嬉しくってね!」と、当時の感動がよみがえるゆかりさん。これをきっかけに、新しい店舗での取り扱いもはじまります。

「ありがたい話。ほんっと夢のような話で……。がんばってた甲斐があったなって。ブレずに、横振り刺繍一本に絞ってよかったなと思ったのは、その時だったかな」

好きなものに居場所をつくる

義父母が暮らしていたおうちを引き継ぎ、去年8月からリノベーションをする運びに。そのイメージづくりを相談したのは、ストックデザインラボが手がけた住宅に暮らす身近なご夫婦。ゆかりさんと奥様は心の友。そのご主人で一級建築士の前田恭顕さんと一緒に、ストックデザインラボも設計と施工を行いました。

基本的に間取りはそのまま活かし、2階に居住スペース、3階には夢だったワークスペースと展示室をつくることに。人の手で操作する横振りミシンから生まれる作品と調和する空間を意識して、憧れの建築家アルヴァ・アアルトのように手で描く曲線を取り入れています。

壁があって息苦しいかなと思った部分は壁を一部取り払い、円形の開口部でつながるユニークで開放的な空間に。横振りミシンのある部屋から隣の部屋を覗くと、ゆかりさんの大好きな布の彫刻家とも呼ばれる「アン・ヴァレリー・デュポン」のアートピースが大切に飾られています。

「1つずつ大切にちゃんと飾るのが好きで。そのためには、照明がすごく大事だと思ってて。ちょっと浮かせて飾ることで影が映ってさらに素敵だなって」

「マカロンの作品もそうですけど、照明を当てると輪郭と影が出ておもしろいんですよね。だからお客さまに勧めるときは、テグスで吊って照明当ててくださると、ここに綺麗な影が映りますよってご紹介しています。何倍も素敵に見せてくれるから」

ゆかりさんの得意な空間演出への工夫は、自身の展示会にも活かされます。
「好きだからですよね。 飾ることが好きだから。ほんと、こういう配置をあと3cm右で、あと2cm下とか、そういうのも大好きでやってしまいます」

ワークスペースへの入り口の演出も、ゆかりさんのアイデアがたくさん詰まっています。ドアを透明なガラスにすることで圧迫感をなくし、奥に見えるアートピースとアンティークのタイルを敷くことで、ここは何が始まるんだろうとワクワク感を演出。照明も当てることで、空間をより引き立てます。

リビングの壁には、壁紙会社とコラボレーションしてつくったma.macaronのオリジナル。ここにも憧れの作家「PATCH NYC」のドン・カーニーさんの絵を。

展示室の壁一面には、これまた憧れて集めているアスティエ・ド・ヴィラットのお皿をきれいに配置。
「どうしてもこのお皿を飾りたくてね。どうしても!こうやって飾れて幸せなんですよ。夜はこれを眺めながら映画をみたりね、とっても幸せ」

1点ずつ丁寧に飾られたアートピース、空間を引き立てる照明と、アンティークの家具やコレクション。シンプルに、洗練された空間が多い明星家ですが、納戸だけは様子が少し違います。

 

飾りたい衝動と、「引く」美学

引っ越しをするときに、半分以上のものとお別れをしたというゆかりさん。どうしても捨てきれなかったお気に入りのものたちは、納戸にきれいに展示収納されています。

「4畳ほどの納戸ですけど、ここは好きなものを好きなだけ飾っていいことにしてるんです。ただし、奥と左右の壁側のみ。お洋服もここをクローゼット代わりにしていて、飾りながら収納してます」
まだまだ面積が欲しいくらい、と笑いながら話すゆかりさんですが、いままではとにかくこの納戸のように飾ることに魂を燃やしていたそう。

「これまではプラスしかなかったんです。飾ってなんぼ。でも年を重ねて、引くっていうのも大切だなって気がついて。今は、飾りたい衝動と戦いながら、あえて何もない空間をたのしんでいます。その空間に余裕があるっていうのは、心のゆとりにもつながるなって。照明や陰での遊びもそっちのほうがたのしいし。その間(ま)を、今はたのしんでるかんじかな」

今は、可愛い豆皿を見ても「また元に戻るよ」と自分に言い聞かせながら、集めたい気持ちと戦っているそうです。飾ることが大好きだからこそ、引くことの大切さも分かる。そんなゆかりさんの差し引きの妙は、空間づくりに随所に活かされています。

 

「はやく10年後の自分に会いたかった」

活動を始めて数年後、ゆかりさんにとってかけがえのない人を見送る日が訪れます。
「主人は膵臓癌で亡くなったんです。その1ヶ月ぐらい前に、『僕がもし死んだ後もマカロンはやめないでね』って言ってくれたんです。だから頑張ってね、続けてねって」

その言葉を胸に、ゆかりさんは家業のネーム刺繍業とma.macaronの二足のわらじを履き続けました。夕方までは家業のお仕事。ふたりのこどもの育児と家事。夜中になるとマカロンの作業。朝の出勤前の2時間もマカロン。土日もマカロン。記憶が飛ぶぐらい忙しくて、でも、でも、どうにか頑張らなきゃいけなかった。

「主人が亡くなった時に、10年後の自分にはやく会いたいと思ったんですよ。10年後は絶対にこれを乗り越えてるはずだから、はやく10年後の自分に会いたいって」

寝室の飾り収納のよく見えるところに、ご主人の顔を編んだピンクのセーターが飾られている。

「マカロンがあったからがんばれたんだと思います。うん、マカロンのおかげでたのしくがんばれた。続けててよかったなって思います」

 

未来のじぶんに会いにいく

今でも、未来のじぶんを見てみたいという気持ちで毎日仕事をしているというゆかりさん。こどもたちが巣立ち、アトリエが完成したいま、新しいことにチャレンジをしてみたい気持ちが沸き起こっていると心を踊らせます。

展示室の壁に張り出されていたのは、新しく取り組んでいるというオーダーメイドのタペストリーの図案。
「これからは、店舗に置いてお客さんを待つ仕事だけじゃなくて、直接のお仕事も増えればいいなって思ってます。あとは、展示室をつかって展示会を開いてみたり、せっかくだからこのおうち全体をつかって展示会をしてみるのもおもしろそう」
ここにも飾れる!ここにこうやってこれを飾って……!ゆかりさんの想像はとまりません。

「娘がもうすぐ成人なんで、それまでがんばったら、ね。また新しい人生のステージがはじまる気がしています。どこでも遠方までポップアップしに行ったり、憧れのパリとか行って気分転換したり。未来の自分がどうなってるか……きっと乗り越えてるに決まってるじゃないですか。だからね。ほんとたのしみ」

こっそり始めた刺繍の実験から20年。ゆかりさんの物語は、いくつものカラフルなレイヤーを重ねながらこれからも続いていきます。

ma.macaron https://mamacaron.net/

 

 

取材/執筆/撮影:目野つぐみ

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