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五反田ハイツ/ NakagawaLife Fant!

isayamax / 諫山直矢さん


 

Nakagawaからはじめる
「未来を導き過去をつなぐクリエイティブベース」

 

那珂川市の中心エリア、大きな道路を一本入った小路地に静かにたたずむ1982年築の五反田ハイツ。入居者さんたちは暮らしたり働いたり製作したり、居住のカタチは多種多様。すっかり馴染んだ淡白い外壁が太陽の光をキラキラと反射させ、まだまだ現役だといわんばかりの風貌をみせている。

「あぁ、どうも〜」とリラックスした様子で迎え入れてくれたのは、福岡を拠点にアーティスト名”isayamax”として活動する諫山直矢さん。DIYでカタチにしたという部屋の壁には、ポップなカラーをまとったかわいくてかっこいい女の子たちの絵が飾られている。

 

 

「ここを使い始めて7年くらい。特に最近はアトリエとしてバリバリ利用させてもらってます。今じゃ五反田ハイツもじわ〜っと満室になって、建物にも血が巡ってるような気がします。」

7年前の2015年、那珂川の暮らしを楽しむクリエイティブ拠点を目指し五反田ハイツは生まれ変わりはじめた。プロジェクト名はNakagawa Life Fant!、その手始めにこの部屋は整えられ、今ではメンバーがそれぞれに活用している。

建物とそこに関わる人たちとの響き合いの中でどんなことが巻き起こっていたのか?プロジェクトの発起人でもあり、サテライトオフィスとしても活用するストックデザインラボの北嵜さんも一緒に、拠点を設けることとその後の変化についてお話をお伺いしました。

 

 

クリエイティブベースを目指して

 

*「Nakagawa Life Fant!」=「Fantastic(驚き・感動を)」「Fan(みんなで)」「Hunt(ハントしよう)」の3つの意味を込めた『Fant!』。五反田ハイツのある部屋を拠点とし、那珂川の魅力的なスポットや出来事を発掘発信するメディアプロジェクトの企画運営と、日々の発信をおこなう。2015年〜スタート。メンバーは、諫山さん、五反田ハイツオーナーの中西さん、スペースRデザイン、ストックデザインラボ北嵜さん。 Instagram:@nakagawalifefant

 

諫山さんが独立して2年目、別のプロジェクトで諫山さんの持つクリエイティビティに惚れ込んでいた北嵜さんから「一緒に五反田ハイツ、そして那珂川を盛り上げていきませんか?」と、Nakagawa Life Fant!メンバーへのお誘いが舞い込みます。那珂川出身だったこと、故郷に何か役立ちたいという想いが重なり、その一翼をかってでることに。

当時の那珂川は、まだまだクリエイティブ視点の情報も少なく真っ白な状態。
「やるなら今だと思いました。」と、当初の勢いそのままに話します。

 

 

その頃、イラストレーションやデザインワークを中心に活動していた諫山さんは、手始めにプロジェクトのロゴデザインを手がけます。メディアとして那珂川の観光情報の発信、日々の活動の記録をwebサイトでまとめたり、壁面アートやDIYのイベントを開催。さらには、こととば那珂川さんとコラボしてアーティストの山下良平さんの個展を企画したりと、プロジェクトメンバーと共にさまざまな活動を繰り広げました。

 

「最初はどうしようか……って立ち尽くしてたけど、少しずつここで僕たちがなんかやってるっていうのを見つけてくれる人たちが増えてきて。そうすると、建物も少しずつ動きはじめてきたような感じです。」

同じ頃、那珂川町の市政施行のタイミングも合わさり、まちも建物もクリエイティブな方面へと加速。次第に那珂川町とのお仕事が始まることは、まるで自然な流れのようでした。

 

 

レペゼン那珂川

 

市政施行を目指し掲げられたスローガン「那珂川町は市になります」のデザインを筆頭に、那珂川町のあらゆるビジュアルデザインのお仕事がはじまります。

「こととばさんに声をかけてもらったことで那珂川の知り合いもさらに増えました。役場の職員に同世代が多かったこともあって、祭りなかがわのオリジナルタオルをデザインしたり、市勢要覧のロゴやイラストを描いたり、他にもオフィシャルでバリバリお仕事させてもらいました。掲載で取り上げてもらうことも多くて、だいぶレペゼン那珂川してましたね。」

当時、まちのいたるところでその名前を聞くほど、いなくちゃ困る存在となった諫山さん。まさに那珂川を代表するビジュアルデザインの担い手となったのでした。

 

 

「それまでは福岡市内でしかお仕事してなかったから、地元那珂川に関わるための足掛かりとなりました。純粋に那珂川のためのデザインワークができたこともよかったです。おかげさまで。」と、嬉しそうに話します。

その反響もあり、個展やイベントで那珂川出身の方に声をかけられることもしばしば。まちのシンボル的存在である喫茶店キャプテンでは「諫山さんですよね?お忙しそうですね〜。」と話しかけられることもあるほど。

小さなまちだからこそ、深く関わり積み重ねた時の浸透力は大きい。近くで見守る住民たちの声援は、諫山さんを次のステージへと押し上げます。

 

 

東京でインディーズ活動開始

 

「那珂川で集中的に活動してた時に、もっと出稼ぎしてこなきゃと思ったんですよ。外で有名になって凱旋できたら、なんだろう、役に立つんじゃないの?って思ったんです。そっちのほうが中で局地的に頑張るよりでかいんじゃないかなって。だから今は、外に出るようになった。東京へ、インディーズです。笑」
笑いながらも、どこか覚悟めいた表情で話す諫山さん。

東京での個展をきっかけに、ファッション業界とのお仕事もはじまり順調に活動の幅を広げます。

 

 

「ちょっとずれてるんでしょうね、東京と。それが逆に良いように作用して、個性としておもしろがってもらってるような。だから、今までのスタイルをそのまま東京へ持っていってます。」

そのスタイルが確立できたのは、これまでの積み重ねがあってこそ。

「やっぱり地方で活動していると見つけてもらいやすいですよね。東京にいると埋もれちゃうというか。福岡もまあまあ競争がある。じゃあ、那珂川からいきましょう!って。那珂川で目立って、福岡で目立って、より遠くへ遠くへ行って“ぼくはここですよ!”ってアピールすれば見つけてもらいやすい。そして、出稼ぎへ。計算ではやってないですけど、気づいたらそんな流れになってました。だからやっぱり地元のお仕事も大事にしたい。魂的にはヒップホッパーですね。笑」

流れるように積み重ねられたスタイルは、東京での出稼ぎのための大きな武器となっていた。そしてその現実は、再び諫山さんを次のステージへと導きます。

 

 

ちゃんとアーティストをやる

 

2021年、諫山さんは”isayamax”というアーティスト名で ART FAIR ASIA FUKUOKA 2021 に出展。そこで現代アートデビューを果たします。

 

 

「そもそものきっかけは山下良平さんです。那珂川出身で高校も一緒ということは知ってたんですけど、10年くらい前に良平さんの個展に行って話してたら、同じ団地の出身ということがわかって。あの場所からアーティストになれるんだ……なれるんだ!と。」

凄烈な希望を感じ、それからすぐにインスタグラムで絵の投稿をスタート。それまでデザイナーとして勤めていた会社を卒業し独立。結婚。

それから3年くらい頑張った頃、リトル商店街という商店プロジェクトで一坪ショップをやらないかと声をかけられる。それまで、クライアントの問題解決をイラストレーターとしてアウトプットしていた諫山さんは、自主製作したイラストを販売することに。その経験は、あの日憧れたアーティストとしての自分を現実へと近づけます。

 

 

「その頃イラストレーションの世界もだんだん若い子が活躍してきて、30代半ばの僕も一緒に並んで新進気鋭のって言われるのもなんか違和感があって。それもあって、ちゃんとアーティストをやろうって。プロフィールからもイラストレーターという言葉を消して、福岡拠点のアーティストと書き換えました。まあ覚悟が大事なんですけどね。」

そうやって見事に決意のデビューを果たした諫山さんはアートにとどまらず、さらに現代アートへの解釈を深めていきます。

「アートと現代アートはまた区分けが違うんです。現代アートは漫才界のM-1に参加するみたいなもんです。M-1は去年のネタとか流れを研究しなきゃいけないし、勝てるネタを考える必要がある。」

 

そのように思考を巡らせ続ける諫山さんは、たまに作風の味変をしたくなるのだとか。

「ずっと同じことしきれなくて。でもそれって時代とか世の中の動き、トレンドなんかとリンクしてます。でも、もともと場の空気とか、誰かの顔色とか気にしちゃうから……そういうのもあるかもな〜。」

なにかを思い出すように、密かに抱えていたものを大切に取り出しながら話しを続けてくれました。

 

 

こどもの頃の自分をつかまえているような

 

「誰かのことをすっげえ怒ってる人がいたら、ふざけて和ませたいなぁと思っちゃいます。」

昔からそうだったと話す諫山さんは、男三兄弟の次男。本当は、かわいいものが好きだった。

 

 

「こどもの頃とかもそうで、親の顔色を伺ってたのかもしれないですね。セーラームーン見たいけど平成教育委員会みなきゃいけないとか。かわいいことに対する憧れやコンプレックスのようなものを、今さらけだしてます。実はサンリオも大好きで。今は娘が生まれたんで堂々とハーモニーランドに行けるんです。笑」

少し照れながらも、嬉しそうに話す諫山さんの後ろには、サンリオカラーをまとったかわいくてかっこいい女の子たちの絵が並びます。どの子もそれぞれに自分のスタイルを持ち、強くてしなやか。まっすぐな瞳で見るものを魅了します。

 

 

「アーティストは、自分自身の内面を表現していかないと。どんどんパンツを脱いでいかなきゃいけないですもんね。僕のパンツの中はこういうことだったっていう。あっはっはっは」

新しい時代を運ぶ風は、女の子たちの髪をなびかせ、諫山さんを開放した。

 

 

「自分で発見していってるかんじですね。こどもの頃の自分をつかまえて聞くみたいな……。だから今、結構たのしいですね。」

いい時代がやってきた。
きっとこれからは、こどもの頃の諫山さんとisayamaxさんは互いの手を強く繋いで明るい未来へ向かうだろう。

 

 

isayamax / 諫山直矢

1982年1月22日生まれ、福岡在住。福岡県那珂川市出身。福岡県立春日高校卒/ 福岡デザイン専門学校卒。
専門学校在学中の2003年から福岡市のデザイン制作会社にてデザイナーとしてイラストやグラフィック、パッケージ、プロダクト、サインなどのデザインワークや1年間の海外出張など様々な基礎を築く。

2013年4月21日よりデザイナー・イラストレーターとして独立。
2015年頃からinstagramにオリジナルイラストの投稿を始める。
2019年には東京原宿と大阪梅田にて個展を開催。

少年少女漫画やアメコミ、美人画を系譜に持つガールズイラストレーションに影響を受けたスタイルで、現代のファッションや空気感を纏う人物をポップなカラーリングでポジティブに表現する。
2021年「ART FAIR ASIA FUKUOKA 2021」にて現代アートデビュー。

WEB http://napsac.net/
Instagram @naoya_isayama
Twitter @naoya_man
ONLINE SHOP isayamax studio / online shop

 

 

取材/執筆/撮影:目野つぐみ

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