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マンションリノベーション施主

前田恭顕さん・可奈子さんご夫妻


 

関わり合いからうまれた
「光と風と音がまわる住まい」

 

「仕事柄ふたりともものづくりが好きで。ただお願いするんじゃなくて、一緒につくれる人がいいなぁって。言葉にしなくてもきっとお互いに思ってたよね。」

そうはじまりを振り返るのは、設計士として働く前田恭顕さんと、ライターであり編集者の可奈子さんご夫婦。結婚を機に住まいづくりをはじめてから2年後の春、築45年のヴィンテージマンションをリノベーションし、晴れてワークスペース付きのお家が完成しました。ビルが立ち並ぶ福岡の中心地に在りながら、光と風と音がまわる理想の住まい。しかも、気持ちのいいご近所付き合いがあるそうです。

ふたりは理想の住まいをどのように実現したのか。一緒につくるとはどういうことなのか。今回の住まいづくりを担当した北嵜さんも一緒に、完成までのエピソードと共にお伺いしてきました。

 

 

暮らしてて、どこをみてもきれい

 

「この家に住み始めて3ヶ月経つんですけど、いつチェックアウトしたらいいんだろうって思うことがあるんです。」

3年前、旅先で惚れ込んだ北欧の古いアパートメントホテル。朝日が舞い込む大きな窓、白い天井と壁を光が反射し、明るいひと続きのワンルーム。料理をして食べて寝て、暮らすように旅した心地いい記憶は、ふたりの住まいづくりにおけるイメージにつながりました。

「想像以上に良いものをつくってもらいました。」と話すふたりは、時折、そのアパートメントに滞在している気分になるそうです。旅先から持ち帰った思い出のものに囲まれながらコーヒーを淹れると、旅の記憶とともにあの心地よさが蘇ってくるほど。

さらに、恭顕さんは「暮らしてて、どこをみてもきれいだなぁと感じるんです。塗装にしても、すごくきれいで……。壁の角なんて光が当たると綺麗な影ができるほど、エッジが立っててとってもシャープなんです。」と設計士ならではの視点で惚れ惚れと語ります。

「寝室と廊下はヘリンボーンにしてるんですけどね、1枚1枚貼るのにすっごく時間がかかってらっしゃるんですよね。だから、これうそじゃなくて、歩くたびに大工の春田さんのことを思い出します。その度にこの床が愛おしくなる。」と笑う可奈子さん。

理想を実現させるのはなかなか難しいと言われている中、愛おしさが溢れるほど満足のいく住まいを完成させたふたり。「展示されたものの中からチョイスしていくというよりは、一緒に考えてつくっていったような。あるものから選んでつくるのではなく、一から一緒につくってくれるかんじだと思いました。」といいます。どうやら、そのプロセスにこそヒントがありそうです。

 

 

ストンとくる出逢い、
じっくりじっくり一緒につくる

 

「そうそう。北嵜さんの事務所が入ってる久保田ビルに初めていったとき、このヴィンテージビル好きだなって。価値観の近さを感じました。」

銅製の茶筒が錆びていく様をたのしむほど、古いものを愛でるのが得意な可奈子さん。久保田ビルに一歩足を踏み入れた瞬間、築59年の味わいを活かしながらリノベーションされている佇まいにキュンキュンしたそうです。それは、「多くを語らずともわかりあえそう」という新たな出逢いへの期待につながります。

さらに、日々の食を大切にしているため、当初からキッチンを暮らしの中心的な位置付けにしたいと考えていたふたり。北嵜さんとの初めての打ち合わせで「キッチンはどんな作り方が検討できますかね?」と尋ねたところ、「大事なポイントだと思うので、一からオリジナルでつくれる工房で、つくり手さんと一緒につくってはどうでしょう?」と提案を受けたそう。

その瞬間、期待は確信へとかわり「この人だったら一緒につくってくれる!」と、安堵感のようなものがストンと腹に落ちたと話します。
出逢えた喜びからたのしい家づくりのはじまりを感じ、「その日の帰り道は不思議と気持ちが軽かったよね。」と、振り返りながら笑います。

その後、オリジナルキッチンをつくるべく紹介を受けたのは、シンクファニチャーさんという素敵な工房。担当の宮城さんとは「ゴージャスじゃない旅のしかた」が似ていたことで意気投合し、「木だけどほっこりしすぎない感じ」というおおまかなニュアンスでも遍く伝わってしまうほど。おかげでスムーズに打ち合わせが進み、大満足のキッチンができたそうです。

ストンとくる出逢いから半年ほど、恭顕さんと北嵜さんはA3用紙の図面上で細かく細かく修正&相談ポイントを伝えあいました。そのやりとりは、重ねた図面が3cmにも及ぶほど。北嵜さんはどんな要望もしっかり受け入れ、真摯に考えてくれたそうです。

「今回は北嵜さんとやりとりをしてく中で、一緒につくっていけた気がするんですよね。僕は僕で考えて案をつくったと思ってますし、北嵜さんは自分がつくったと感じてくれてると思います。」と少し照れながら話す恭顕さん。それを受けて、北嵜さんもあっはっは!とうれしそう。

じっくりやりとりを重ねることができ、本当に大切にしたいものはなにか?と、ふたりと北嵜さんで互いに問い続けることで、満足のいく住まいづくりにつながったことが伝わります。

そのためには、ふたりの間で「理想の暮らしってなんだろう?」と、とことんイメージを膨らませ、その答えを導き出せていたことも重要なポイントのようです。

 

 

北向きはデメリットじゃない、
古いものを愛でてたのしむということ

 

「45年前にこのマンションを造った人たちの価値観ってそんなに経済主義じゃないのが読み取れるんですよね。敷地が広くて周辺にもゆとりがあるので隣のマンションと程よく距離がある。さらに三方に窓があるので光も入り抜けがいい。新しいマンションには無い古い建物ならではの骨格が気に入ったんです。」

理想にピッタリなヴィンテージマンションと巡り合わせてくれたのは、ふたりが以前からお付き合いのあるひかり生活デザインの春口さん。あきらめず前のめりに探し続け、20件近く物件を内覧した末のことでした。

北向きの物件だけど、実は南向きの物件に比べて光に安定感があるのだそう。その特徴を活かして、間仕切りのないひとつづきのワンルームにすることで、白い壁と天井に光が反射し、日中は自然光のみで過ごせるほど明るい室内に。会話や、音楽や、生活音が、どこにいても聞こえて、お互いの存在を感じることができます。

自宅でもお仕事をすることが多いふたりは、玄関近くの東側に仕事場を設けました。「北向き物件はデメリットじゃないです。自然光で仕事ができるなんて最高。」風もよく通るから、気持ちよくて仕方ないのだとか。

さらに、敷地内の小さな公園、緑色が映える立派な木々、明るいエントランスには塵ひとつ見当たらない。誕生から45年経っているとは思えないほどきれいに使われているマンションからは、住民たちの建物に対しての愛情を感じとることもできます。

「45年間、関わっている人たちの想いを受けて歴史を重ねてきているから、その時代におけるベストな状態を保ち続けている。それが、古い建物にとっての味わいになるんだと思います。」少し嬉しそうに話す北嵜さんの言葉を聞いて、可奈子さんが大切に使う銅製の茶筒をふと思い浮かべました。

ヴィンテージマンションのような古いものに集まる人たちは、それを良しと受け入れて、味わい深さをたのしむことができる人たちなのかもしれません。そしてそこに、関わってきた人たちの気配を感じ、想いを馳せることで、さらに良くしようとする。

「関わっているの好きだよね。それ触らないで、じゃなくてどうぞ触ってくださいって感じ?」と笑う可奈子さん。建物と人、ものと人の関係にとどまらず、おふたりにとっては人と人との関わり合いへの価値観も同じくなのかもしれません。

古いものそのものの良さも然り、時間軸をも超えたつながりは、愛着という形でその界隈を包んでいるようです。それは、これから関わり始める人もまあるく受け入れる才能も持ち合わせているような。

 

 

関わりあいから生まれるいい循環

 

「お昼ご飯用意してお醤油をきらしていたことに気づいたんですよね。同じ階のやさしいご近所さんのところに借りに行ったら、お寿司たべるならあったかいお茶がいるでしょってお茶とみかんをくれて。食後くらいにコーヒーまで持ってきてくれました。」

この福岡の中心地とは思えないご近所付き合いは、ふたりの住まいの完成見学会がきっかけだったとか。マンションの一角がどう変貌を遂げたのか気になる住民の方が、意外にもたくさん足を運んでくださったそうです。

見学会に立ち会った北嵜さんも「新しく入居する方が先にひらいてくれると、もともと住んでる人たちも迎え入れやすいというか、そんな感じになったんでしょうね。」と、まちづくりに似たものを感じたと話します。関わり合いをいとわないふたりだからこそ、「関わり合いの循環」のきっかけを生み出せたのかもしれません。

さらに、ここはヴィンテージマンション。物や人を受け入れ、そのものを良しとして関わり合える人たちが集まっているのだとしたら、「関わり合いの循環」は至るところでくるくるとやさしくまわり続けているのかもしれません。人と人との関係にとどまらず、ものと人、建物と人など、千々に形を変えて。

ふたりで理想の暮らしのイメージを膨らませ、臆さずきちんと理想を伝えること。北嵜さんをはじめ携わった人たちとの関わり合いをたのしみ、本当に大切にしたいことはなにか?を導き出せたこと。そして、ヴィンテージマンションがふたりの価値観と心にもフィットしていたこと。そんなさまざまな要素があいまって、理想の住まいの実現につながったのかもしれません。

 

 

取材/執筆/撮影:目野つぐみ

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